消費活動と生産活動の違い、ポイントは「飽き」と「主体的な楽しさ」があるかどうか

 

どうもこんにちは、たかはん ( @tkhnjp ) です。

最近のぼくは「自分で何かを生み出す」ということを生活の中に組み込んでいます。その最たるものが「ブログ記事を書く」ということです。この記事では後半から少しずつ話が脱線していきます、ただの「エッセイ」だと思ってください。

 

消費活動と生産活動の違い

 

あらゆる活動は「消費活動」と「生産活動」にわけることができます。

「消費活動」は、ブログ記事を読む、写真を見る、動画を観る、音楽を聴く、絵を見る、テレビ番組を観るなどなど。「誰かが作った何か」で楽しませてもらうのが消費活動です。

「生産活動」は、ブログ記事を書く、写真を作る、動画を作る、音楽を作る、絵を描く、テレビ番組を作るなどなど。「自分で何かを生み出す」のが生産活動です。

 

生産活動にはあって消費活動にはないもの、それは「主体的な楽しさ」です。ブログ記事を書くという生産活動なら、ネタを考えて、構成を考えて、実際に記事を書いて、それを発信する。すべて自分が中心となって物事が進んでいきます。

ブログ記事を読むという消費活動にも確かに楽しさはありますが、それが主体的な楽しさかというと疑問が残ります。確かに文書を読んで楽しんでいるのですが、書き手が作った文章に“楽しませてもらっている”という表現の方が適切な気がします。

 

消費活動は飽きるけど生産活動は飽きない

 

消費活動はいずれ飽きます。ブログ記事を読むのに飽きたら、YouTubeで動画を観る。それにも飽きたらスマホゲームをする。それにも飽きたらテレビ番組を観る。それにも飽きたら最初に戻ってブログ記事を読む。ある消費活動に飽きたら違う消費活動に移ることの繰り返しです。

確かにそれぞれの消費活動をしている時は楽しいような気がしますが、振り返ってみると何も残っていないことがほとんどです。ブログ記事を読んでおもしろかった、YouTubeで動画を観ておもしろかった、スマホゲームをしておもしろかった、テレビ番組を観ておもしろかった、でも…

振り返ってみると、何だか虚しい。時間を無駄にしたような気持ちになる。確かにやっている最中は楽しかったのに、終わってみると何も残っていない。「あ〜楽しかった」で終わってしまう、それが消費活動です。

 

自分で何かを生み出す楽しさ

 

「ブログ記事を読む」と「ブログ記事を書く」のどちらも経験してわかったことがあります。それが、ブログ記事を書くと自分で何かを生み出した達成感を味わうことができるということ。これはブログ記事を読むという活動では感じることができません。

ブログ記事を読んだ時、確かにおもしろかったり役に立ちそうなことがあるかもしれません。でもその結果自分の人生に変化が起こるかどうかはわかりません。

ブログ記事を書いた時、確かにそこには「生産する喜び」がありました。自分の知識・経験を文章にできた達成感がありました。自分の作ったものが誰かの目に触れる嬉しさがありました。

 

あらゆるコンテンツを消費してしまって退屈している方には、ぜひ「自分で何かを生み出す楽しさ」を知ってもらいたいのです。そのために、自分で何かを生み出してほしいのです。消費する側ではなく、生産する側にまわってほしいのです。

その手段は何でもいいのです。文章を書くのが得意ならブログ、写真を撮るのが得意なら写真、絵を描くのが得意ならイラスト、歌うのが得意なら音楽、自分に適した手段で自分の中の何かを表現してほしいのです。

 

自分を表現する楽しさ

 

ブログ記事を書くのは生産活動であり、また表現活動でもあります。自分が持っているものを「言葉という形にする」からです。

ぼくは自分を表現する人が好きです。文章でもいいし、動画でもいいし、絵でもいいし、形は何でもいい。ブログ記事だったらその人の記事を読んだ時、「この人はこういうことを考えているのか」とわかるからです。少しその人の中が見えたような気持ちになります。少しその人のことを理解できたような気持ちになります。

 

ここまで書きましたが、生産活動の楽しさは実際に生産活動をしてみないとわからないと思います。ブログ記事を読むのが好きな人に「ブログは書く方が楽しいよ」と言っても「へ〜」で終わってしまうと思います。

世の中には、やったことがないのに批判する人がいます。実際に見たことも聞いたこともないのに文句を言う人がいます。自分には関係ないのに、やたら口を突っ込んでくる人がいます。

人生の時間は有限です、もっと自分のために時間を使いましょう。自分の大切な時間を使って芸能人の不倫に夢中になるのは、どう考えてももったいない。

 

「退屈だな」と思っていても、思っているだけでは何も変わりません。退屈から脱出する手段として、ぼくは「生産活動・表現活動をする」をおすすめしたいと思います。試しに今日あったことを、日記に書いてみてください。きっと、週刊誌を読んでいる時とは違う楽しさがあるはずです。

人生は短いし、世界は広い。スマホの画面で見て”わかった気”になるのではなく、自分で実際に足を運んでそこで自分の目で見て耳で聞いて体で感じることが大切だと思っています。

 

ぼくは先日、筑波山に行きました。行く前は「ただ高いところから景色を見て終わりだろう」と思っていました。実際には違いました。

筑波山に近づいてきた時の胸の高まり、ロープウェイから見えた茨城の風景、自分の足で山を登る楽しさ、頂上にたどり着いた時の達成感、そこから見えた絶景。どれもいい思い出です。

あの日あの時あの場所で岩の上に座って見えた景色を、ぼくは一生忘れないでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

'97 / 情報系アーティスト / TAKALOG運営 / Apple製品・ミニマリスト生活・オピニオン記事などを発信中 / お問い合わせはTwitterのDMからお願いします.